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実印と銀行印は安心して使用できます

政府の各省庁から日々、様々な発表がありはんこ屋は大変混乱しています。
しかし本当に混乱されているのは押印に携わる現場の方々、
またこのタイミングで実印や銀行印などが必要な方々ですよね。
はんこに携わるひとりとして、本当に申し訳なく思います。

これからも政府の発表は変化していく事が予想されますが、
10月8日に加藤官房長官が公の場で発表された内容をお伝えします。
役所に申請する書類への押印廃止と業務で押印が必要ない書類は押印を止めるが、
印鑑証明が必要な書類は当然残します、実印制度がなくなる事はありません。
つまり「印鑑証明は残ります、これからも実印は使われ続けます」との事です。

様々な契約を行う時には必ず本人の認証が必要です。
※認証とは、法律上用いられる意味においては「ある行為または文書が正当な
手続・方式でなされたことを公の機関が証明する」ことをいう。
その認証をデジタルのみで行う事は現在の日本の法律や技術ではできないのが現状です。
会社の契約についても同様で実印と印鑑証明が必須となります。
法律で無理なら法律を変えれば良い、と言う単純な話ではありません。
僕らが見なくてはいけないのは、法律を変えてまで押印をなくす意味はあるのか。
その妥当性は押印の現場の声はもちろん、コストもしっかりと見てしかるべきです。
決してコロナ禍での勢いやデジタル化と言う掛け声の元に進めて良い事ではありません。

銀行印や認印は今後、減少傾向が進む事は間違いないでしょう。
しかし口座を作り財産を守るための銀行印はまだまだ大きな役割がありますし、
認印は実は契約時に確かに認めたという承認に使う印としてに多く使用し、
使用頻度は高く本来はとても大きな役割をもっています。
認印=三文判、=回覧板確認や荷物の受取、と安易に捉えるのはとても危険です。
無駄な押印の見直しとともに、押印の重要性も見直されると期待します。

たくさんの混乱を招き、本当に申し訳ございません。
はんこは、実印や銀行印はこれからも安心して使用できます。

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デジタルインフラ整備の予算は不明

はんこの業界にも公益社団法人や政治連盟、議員連盟があります。
今回の政府の動きに関してはそれらの団体が対応をしていまして、様々な要請を行っています。
組合や議員が動くと脊髄反射で「利権だ」と叫ぶ方がいますが、
小さな小さなはんこ業界にそんな利権などありませんよ;
むしろデジタル化を急速に進める、巨大なIT業界の方こそしっかりと見て頂きたいですね。
これは噂ではなく事実なので皆さまにお伝えさせて下さい。
政治連盟から行革担当にデジタルインフラ整備の予算を尋ねた所、
「予算はまだ分からない」と言う耳を疑う様な返答をされました。
言うまでもなくコストは税金、その組み立てもないままにデジタル化を進めています。
どれだけの費用対効果があるのか、検証結果もない中で目指す先、それは国民の利益ではなくデジタル化のみなのでしょう。
今までに政府が急速に進めた動きで、どれだけ我々にとって価値ある動きがあったでしょうか。
僕の記憶に新しいのはGOTO、マスク、レジ袋、軽減税率など。
過去の事とせずにしっかりと思い出し、今の動きと照らし合わせる必要があります。
コロナ禍→テレワーク推進→デジタル化→阻害要因を探せ→はんこ、と言う解りやすい流れで、
はんこを全国民の敵に仕立て上げる、本当に単純で稚拙な敵対構図です。
僕たちは政府の「やってる感」に乗せられては決していけません。
話変わりまして、河野大臣邸のすぐ近くに平塚の商工会議所があります。
昨日はそこで、商工会議所商業部会の正副部会長関係議員会議がありました。
僕も含めて、河野大臣の支持者が多く出席されています。
皆さまに失礼は承知で、お時間を頂いてこの現状を説明させて頂きました。
「あまりにも急な動き」と「気持ちはわかるが極端」な事、
また「そもそもの目的が変わってきている」と理解して頂けたかと思います。
その時に伝えたのと同じ言葉を書き記します。
河野大臣を応援している皆さまに、大変失礼ですがお伝えさせて下さい。
僕は河野大臣を応援していますし、信念を持った政治家だと信じています。
ただ信頼しているからと言葉だけを捉えるのは時に妄信となります。
地元の支援者だからこそ、言葉を鵜呑みにせずしっかりと見ていく事が大切です。
どうか一歩立ち止まり、冷静なご判断をお願いします。
僕の声など本当に小さな声です。
それでも地元で声を出す事で嫌な思いをする方がたくさんいます。
貝のように口を塞ぐ事は簡単ですが、印章に携わる人間として、ひとりの職人として、
河野大臣の地元だからこそしっかりと声を上げていきます。
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婚姻届や離婚届の押印も廃止検討

菅内閣の元、河野大臣が行政手続きでの無駄な押印の見直しを進める中、
「婚姻届や離婚届の押印について廃止する方向で検討している」と、
10月9日の夜に上川法務大臣から発表がありました。
インターネット上だけでなく様々な場所で賛否の声が飛び交い、
法務大臣は署名の維持を前提とする事を13日の会見で付け加えました。
つまりはデジタル化ではなく手続きは対面で行い、押印のみ廃止すると言う事です。
これは僕の考えですが、この発言で政府の真意が明らかになったと感じました。
それは政府が進めている「行政手続きでの無駄な押印の見直し」は言葉だけで、
世の中からはんこを無くしたい「脱はんこ」だと言う事が明らかになったと言う事。
またあまりにも拙速かつ行き過ぎた動きだと言う事に、多くの方が気付けた事です。
現在の戸籍法では「署名し印をおさなければならない」と定められていまして、
夫と妻に加えて証人2人の署名と押印がそれぞれ必要となっています。
この手続きは長い人生で1度、多い方でも数度有るか無いかの行政手続きです。
果たしてこの押印は「行政手続き上の無駄」なのでしょうか?
少し感情的な疑問ですが、そもそも皆さん婚姻届にはんこは押したくないのでしょうか。
良い日を選んだり、役所で記念撮影をしたり、特別な届け出用紙がある自治体もありますね。
婚姻する上での決意や責任、その意思を表示するのが押印という行為です。
果たしてこの押印は「行政手続き上の無駄」なのでしょうか?
法務大臣は「国民の皆さまへの利便性向上や効率性アップの為」と説明をし、
法務省では婚姻届や離婚届を含む合わせて35件の行政手続きについて、
押印を廃止する方向で検討を進めていると発表されています。
その中には高額な契約、土地建物の売買、謄本抄本、登記簿等、
様々な大切な押印の場面が含まれている事が予想されます。
果たしてこれらの押印は「行政手続き上の無駄」なのでしょうか?
繰り返しになりますが無駄を見直すデジタル化には賛成です。
しかしデジタル化のコストや情報漏洩など様々なリスクは考えてしかるべきで、
今回の動きは「デジタル化をする事が目的」となった行き過ぎた動きです。
対面の維持を前提とした婚姻届の件に関しては「押印廃止が目的」と言う、
完全に本来の目的を誤った動きだと言う事が理解できます。
話が変わりますが、私の地元ではキャッシュレス推進の元に、
スマホなどの端末利用に限定された消費喚起と経済活性化事業が行われています。
まだ事業の開催期間中ですがデジタルデバイドにより事業の恩恵を受けれない、
という声を様々な場面で耳にします。
平塚と言う小さな自治体の小さな動きでも、キャッシュレス化・デジタル化により、
多くの方が取り残されている現状です。
行政手続きのすべてをデジタル化すればどうなるのでしょうか。
パソコンやスマホを持っていない方、貧困などにより持ちたくても持てない方は、
公的なサービスを受けられなくなることを意味します。
具体的には各種の証明書が取得できない、登記ができない、裁判が受けられない等ですね。
行き過ぎた利便だけを追求し、完全に無駄を省いた社会が私たちの幸せでしょうか。
また、そこに辿り着いた時に取り残される人は本当にいないのでしょうか。
政府だけでなく僕らも一度立ち止まり、考えてみる必要があります。
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脱はんこ、と言う言葉

明日で44歳、これも何かのタイミングかな。
昨今の「はんこ」に対する様々な発言や動きに対して、
印章業に携わるひとりの職人として意見を述べていこうと思います。
最初に、僕は河野太郎さんの事を心から尊敬しています。
また地元では絶大な人気とたくさんの支援者がいます、僕もそのひとりです。
小さな声ですが僕が発言をする事で仲間から反感を買うのは覚悟の上です。
皆さまも「太郎さんの言葉だから」「はんこは面倒だ」と盲目的に捉えるのではなく、
政府からの発言であること、そこから何が起こるのかを考えてください。
またメディアがどれだけ切り取っているのかを意識して頂ければと思います。
勘違いして欲しくない事は、行政手続き上での無駄な押印を見直す事に対して、
全く異は唱えていないと言う事(僕はもちろん、はんこ業界も)。
行政業務効率の向上は巡り巡って僕たちの利益に繋がりますし、大賛成です。
はんこ屋としても押印機会が少なくなる事は受け入れていきます。
ただ「無駄な押印=全てのはんこ=脱はんこ」ではない、と言う事。
例を挙げますと、見直しをしている行政手続き上での押印と、
私たちが直接関係のある実印制度(印鑑登録制度)は全く違います。
太郎さんの強い発言、そしてメディアの悪意ある切り取り方で、
「世の中の全てのはんこをなくす」
「デジタル化の敵=はんこだ」という短絡的な報道や議論を多く見かけます。
コロナ禍と言う事も追い風で、簡単な敵対構図は本当に描きやすいですよね。
デジタル化すること、それ自体が目的ではないはず。
全体の利益の為の手段のひとつ、幾つもの手段のたったひとつです。
はんこをなくせ!サインで十分だ!と大声をあげる方は、まず足元を見てください。
デジタル化のリスクや脆弱性、いままでどれだけの事件がありましたか?
マイナンバーカード等の普及率、いままでにどれだけ浸透しましたか?
そして地域間や企業間だけでなく様々な場面でのデジタルインフラ格差。
置き去りにされる地域・企業・国民がどれだけいることでしょう。
最後に繰り返しになりますが、デジタル化には賛成です。
ただデジタル化にすることが目的となっては全く意味がない。
はんこの利点、それを生かした役割は有る。
脱はんこにはならない、これからもはんこは残ります。